テキサスからHowdy Y'all 

テキサスのオースティンからお届けしております


今月に入ってマイキーの生い立ちから始まって
どんな経緯で自閉症の診断がついたのか、
どんな風に成長してきたのか、を書き綴ってきました。

→ 第1話 「幼少時代1」
→ 第2話 「幼少時代2」
→ 第3話 「何かが違う?」
→ 第4話 「医師の見立て」
→ 第5話 「診断、そして始まり」
→ 第6話「日進月歩」
→ 第7話 「学校の仕組みを知る」

今回はマイキーの自閉症たる問題点について。
第8話

「まだまだこれから」

自閉症といってもいろいろなタイプがいますが、
多くの自閉症の人が持つ問題点として

「コミュニケーションの困難」
言語の発達に遅れがあるため言葉の意味や曖昧な言葉を理解するのが困難で、
かつ言葉や表情に感情がないことが多い。
空気も読めないし、声のコントロールも難しい。

「社会性の乏しさ」
人と関わるのが苦手で視線を合わすのも苦手。
周囲への関心が薄く周りに合わせることが出来ない。

「想像力の乏しさ」
人の気持ちを読み取ることができない。
自分の枠を超えて考えるのが苦手なので臨機応変に対応できないし
環境や日常の変化にストレスを感じる。

などが挙げられますが、
マイキーも見事に全ての項目に引っかかっています(T_T)

小さいころに比べたらマシにはなっていると思いますが、
未だに他の子達と普通に上手にお喋りすることができません。
緊張のあまり顔を近づけすぎたり声が大声&高音になったりしてしまいます(;^ω^)

言葉もまだまだつたなくて12歳のレベルには到底追いついていないし、
自分の気に入った話題ばかりを何度も話してきます。
ゲームの話とかマミーはわかりませんから!

そして今一番気になるのは周りに注意を払わないことです。
誰かがしゃべりかけても自分に言ってるとは思わなくてシカトすることが多いんですよ。
家で私と二人っきりの時に私が喋りかけても自分とは思わなくて無視されます。
注意を注がないと雑音にしか聞こえないんだってさ!
「チャイに話してるかと思った~」って、学校の話してましたけど?

シアトル時代には3年間みっちり1~1.5時間を週2回のスピーチセラピーに通っていたし、そのうち半分はグループセッションで他の子達とのかかわり方も習ったんですけどねぇ…
去年の夏休みにもスピーチセラピー主催の社交性を学ぶクラスにも通ったんですけどねぇ...
こればっかりはなかなか上達が難しい。

やっぱり兄弟が居ないからかなぁ、とも思うけど、
私達はマイキーが自閉症だとわかった時に
「もう兄弟は作らない」「この子だけに愛情を注ぐ!」と決めたからね~。


だから昔から色んな人とかかわっていろんな体験をして欲しい!と
さまざまな障がい児向けのイベントにも参加しました。

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坂道を物凄い勢いで走る「soap box car」のレースの会員だったり、

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夏休みの障がい児向けキャンプに参加したり、

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乗馬(ていうかポニー(笑))クラブにも通ったりしていろいろ頑張ったっけなぁ。

他にもサッカー教室やレゴクラブでも頑張ってたっけ。
こういう刺激も社交性を育てるのに少しは役に立ったんだと信じたい~!


他にもこの子の大きな問題点として「癇癪」があります。
もともと負けず嫌いで短気で完璧主義な子なんですが、
大きくなるにつれて自分が出来ないことが人よりも多いことに
欲求不満を感じることが多くなってきてそれによる癇癪も増えました。

「僕の脳みそが言う事を聞いてくれないーっ!
と叫んでいます。感情のコントロールが出来ないんだろうな…
でもそのせいで他の子と一緒にゲームなどがなかなかできなくて悩みどころです。

※あ、マイキーは自分が自閉症だってことは知っています。
時々自分の思うように事が運ばないときは自閉症のせいにしていますが、
それを乱用して怠けたりはしていないので今のところは安心かな?


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こんな感じで我が家はそこら中に「守るべきルール」が張られています。
昔からず~~~っと変わらずやってる習慣です。
でもこんなんしててもすぐ忘れちゃうんだけどね~。


基本的に真面目だし、覚えるのも得意なので学校の成績はとってもいいんですが、
私達としては学業よりももっと人との社交性を頑張ってもらいたいな~なんて思うんですけどね。
なかなか上手くいかないのが人生だし、やりがいがあってこその人生だと思って
これからも試行錯誤しながらマイキーが自立した大人に成長するまでチャレンジし続けていく覚悟です!

自閉症の診断が出てからもうすぐ10年。
出来ることもたくさん増えましたが未だ問題も山積みなマイキーです。
まだまだこれからも続いていくマイキーとのチャレンジ人生が
少しでも楽しいものになるといいな




長くグダグダになって申し訳ありませんが
マイキーの自閉症の話はこれにてひとまず終了させて頂きます。
読んでくれてどうもありがとうございましたm(__)m
少しでも理解していただけると本当にありがたいです。



もう駄目だと思って挫けたことは何度もあったし、
診断が出た頃は本当に情緒不安定でぶっちゃけマイキーと4んじゃおうかって思ったこともあった。
でも人間は守るものが出来ると強くなれるね。
心を決めた後はもう絶対にあきらめないって決めたから。

なので私の自閉症ジャーニーにおける心の座右は

「あきらめたら そこで試合終了」

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安西先生は偉大です

頑張らなくてもいいから、
あきらめないで進んでいこう!!!



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最近春の嵐にやられまくってるオースティンですが、
週末もまんまと雨降りだったので
また映画を見に行ってきました。

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The Jungle Book

面白そうな映画だったので是非3Dで見ようということになり、
IMAXシアターで見てきました
んもう迫力満点でサイコーだった!!!

有名なお話の実写版ですが、
美しい映像と迫力満点の野生動物達が見惚れるほど素晴らしく、
笑いと涙と共に心にじ〜〜んとくるとてもいい映画でしたよ。
でもいちばん驚いたのは主人公のモーグリの足の長さ!すっげー長いよ!(笑)

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そしてこの夏公開のファインディング・ドリーと共に。
なんだかんだ言ってもやっぱり面白そうだから見に行こうっと。



今月は自閉症啓発月間ということで
マイキーの生い立ち記録が続いております。
引き続きお付き合いくださいませ〜ホントスミマセン(^^ゞ

→ 第1話 「幼少時代1」
→ 第2話 「幼少時代2」
→ 第3話 「何かが違う?」
→ 第4話 「医師の見立て」
→ 第5話 「診断、そして始まり」
→ 第6話「日進月歩」

第7話は

「学校の仕組みを知る」

約2年間の早期療育でかなりの成長を見せてくれたマイキーは
義務教育のキンダーガーテンから晴れて通常級へ通うことになり、
私達はそれはもう大喜びでした

「この調子でどんどん成長してったら
あっという間に周りの子に追いつきそうだよね~\(^o^)/」
なんてダーリンとも言い合って浮かれてたわ

そして希望に溢れつつ迎えたキンダーガーテン(幼稚園5,6歳)は
蓋を開けたらいろいろと大変な1年間となりました…

この時学んだことは
「レベルの高い学校区でも学校によっては制度が全然違う」
「子供に支援サービスの提供を受けるためには戦うこと」

ということ。

アメリカでは地域によって学校区のレベルが違っていることが多いんですが、
この時私達の住んでいた地域はシアトル界隈でも評判のいいレベルの高い学校区だったので
特別支援教育の制度もしっかり整っていると聞かされていて安心していたんです。
プリスクールでの早期療育も様々な支援があってよかったし、
お友達のスペシャルニードの子供も同じ学校区内の小学校に通っていたけど、
話を聞くと特別支援のシステムもとてもしっかりしていてアシスタントの先生も多くて
かなりいいって教えてくれたし。

ところが通い始めてビックリ。学校でのマイキーには何の配慮も付いていませんでした。
前もってお知らせしておいたはずのアシスタントの先生もスピーチセラピーも無し。
この2つの介助は当時にマイキーにとって最低限必要なもので
これらの助けがないと周りについていけなくてパニックを起こすのが目に見えていました。
最初はまだサービス体制が整ってないのかな、様子見なのかな、と思いましたが
なかなか状態は変わらず、マイキーはみるみるうちに癇癪大魔王に逆戻りΣ(゚д゚lll)

アメリカではマイキーのような子供にはIEPと呼ばれる「個人支援計画」、
要はその子用にカスタムメイドされた教育計画を立ててくれるのですが、
その計画を話し合う会議が年に1度あります。
なのでその会議を予定よりも早めてもらい早急に支援級の先生達と話し合いの場を持ち、
スピーチセラピーとOT(作業療法)を始めてもらいましたが
アシスタントはつける余裕がない、と難色を示されました…

実は当時このIEP会議についてはいろいろと聞かされていたんですよ。
学校側は基本的に学業がメインな所だから
その他の個人的な問題をヘルプすることはあらゆる理由をつけて却下してくる、とか、
こっちから頼まない限りは何ひとつ行動に出ない、とか。
弁護士をつける親もいるそうですが1時間100ドル払う余裕は私達には無かったし。
ビビりまくっていた気の弱い私はダーリンにも来てもらいましたが
彼も初めての事だったし学校側の強い押しになかなか話は進まない状態でした。

結局は支援級の先生と校長先生が手が空いたときにアシストして下さるという事になりましたが、
キンダーとはいえ学業も始まり時間も長くなった全く違う環境の学校生活がマイキーに与えたストレスはとてもとても大きなものだったと思います。
マイキーは大きな癇癪と無気力を繰り返すようになりました。

何度も支援級の先生に会って話すも改善は見られないし、
そのうちにメールの返事もなかなかくれなくなったりしたから
きっとモンスターペアレントだと思われたんでしょうね。
普通級の担任の先生は経験を重ねたベテラン先生だったんですが
これまたハズレ苦手なタイプで
「マイキーのことはちゃーんと分かってますから!!!」
の一点張りでろくに話も聞いちゃくれない…(;_;)

このままではやばいと思った私達はいろいろと考え
先ず全日で通わせていたクラスを半日に変更しました。
(キンダーではどっちか選べた。半日は無料だけど全日は有料)
(でも半日クラスには移れなかったのでひとり毎日早退のかたち)

そして週2回、民間のスピーチセラピーに通わせることにしました。
(このスピーチセラピーは結局テキサスに引っ越すまで3年間通いました)

取り敢えず半日になってストレスも半分になったマイキーは落ち着きを見せ始め、
癇癪も少なくなり何とかキンダーを終えることが出来ましたが、
このまま同じ支援級の先生の下で小学校を続けるのは絶対に無理!と判断し、
小1に上がる前の夏休みににまた引っ越しました!
変化を嫌うマイキーを毎年違う学校に通わせちゃって本当に申し訳なかったけど、
今回の転校だけは保留できなかったのよ!.


これまた違う学区だったけど、今回はちゃんと各小学校ごとを調べ、
先生がよくて支援級教育も評判だった学校を選びました。
そしてIEP会議ではしっかり話し合い、要求も聞いてもらいました。

その甲斐あって始めは落ち着かなかった新しい小学校での生活も
支援級の先生と担任の先生の素晴らしい配慮に助けられ
更には優しいよいお友達にも恵まれて
テキサスに引っ越すまでのたった2年間だったけど、
マイキーはとても楽しい学校生活を過ごすことが出来ました。

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1年生:フィールドデー(運動会みたいなもの)で楽しむマイキー

コントロールが効かなくなると支援級の先生の部屋に行かせてもらったり、
セラピーの先生方もいつも温かく見守ってくださったお陰で
またマイキーに笑顔が戻ってきて本当に嬉しかった。

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スピーチセラピーの時間のマイキー
リラックスしてるし嬉しそう♡


そしてテキサスに引っ越してからも
キンダーでの教訓を活かしてしっかり話し合い、
新しい小学校でもとてもいい環境に恵まれることができました

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10歳(4年生)の時はプレゼンテーションまで出来るように!
すっかり安定して楽しい日々を過ごしていました。



小学校時代は担任の先生との相性で1年が大きく変わるのも事実ですが
マイキーはその点でもラッキーでしたね。
(ぶっちゃけ5年間で3勝2敗だったけど(笑)若い金髪の美人先生とはかなり相性がいいマイキーでしたw)
マイキーみたいな子を受け入れてくれる先生はとことん助けてくれたし、
そうでない先生は支援級の先生におまかせって感じでした。

私は出来るだけボランティアで教室に顔を出して
周りの子にもマイキーの事をそれとなく説明したりもしました。
4年生になってからはクラスのお友達宛にマイキーの自閉症の事を手紙でお知らせし、
マイキーと自閉症について理解してもらおうと試みました。
小さい時は周りに「変わった子」の位置付けで認知されていたけど
4年生なら級友も自閉症を理解できるだろうと先生方と話し合って決めたカミングアウトでした。


もちろんそれ以降、あからさまにマイキーを避ける級友もいましたが
それでも根気よく話しかけてくれるお友達も沢山いて本当に嬉しかったです。

でも学校生活でいちばん重要だと思ったのは
支援級の先生と親がしっかり連絡を取りあえる状態を持つことでした。
学校と家庭内でルールを統一したり目標を合わせていく事で
安定した状態を保てたマイキーは穏やかな学校生活を送れました。
テキサス時代は若い先生で携帯TEXTでバンバン連絡くれたしね。ホント助かった!


こんな風にキンダーでいきなりシビアな環境で始まった義務教育だけど、
今思えば早いうちにこういった学校の仕組みが分かってよかったです。
特にマイキーみたいな普通級に通う自閉症児には
いろいろなその子に合った配慮がその時その時で必要になるため、
沢山の先生達との繋がりが必要なのですね〜。
知らない事ばかりだったので私も一緒に成長できてよかったです。

こうして長かった学校ジプシーも終末を迎え、
今はマイキーの学校生活も落ち着いたものとなっています。
他人とのコミュニケーションなどまだまだ頑張らないといけないことは山ほどあるし、
これからも問題はどんどん出てくるとは思うけど、
今までの経験を活かしつつ試行錯誤していろいろ試してみれば
きっと打開策が見つかると信じて進んでゆきます。

義務教育も半分終了。残り5年です。
これからも一緒に躓いても必ず起き上がっていこうね、マイキー!

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相変わらずこんな子だけどな(笑)

もう一回続きます。。。
多分。。。









ここ数日ちょっとお天気が崩れがちですが、
テキサスの野の花はまだまだ頑張って咲いています

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近所のルピナス系、オンボロバス添え
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図書館のゴージャス系
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可愛いインディアンペイントブラシ
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菜の花系

テキサスが灼熱地獄になる前の束の間のキレイな時期を
今年もできるだけ楽しみたいと思います
あぁこの季節がいつまでも続けばいいのに…!



さて今回もまだまだ行きます、マイキーの生い立ち記録。(名前変わっとるがな)

→ 第1話 「幼少時代1」
→ 第2話 「幼少時代2」
→ 第3話 「何かが違う?」
→ 第4話 「医師の見立て」
→ 第5話 「診断、そして始まり」

とうとう第6話です。
ダラダラ気味ですが(汗)どうかお付き合いくださいませ。


「日進月歩 ~キンダーまでの道のり~」

3歳4ヶ月で学校区より「発達遅延」の診断が下り、
早期療育サービスで学校に行きだしたマイキーですが、
アメリカの義務教育で多くの子が学校に行きだすのは
5歳のキンダーガーテンです。
それまでに周りになんとか追いついて
普通級に行くことが取りあえずの目標でした。

さすがプロの先生方は素晴らしいですね!
1歳程度の言語能力だったマイキーが
少しずつ言葉を発するようになりました。
単語もちゃんと言えるように。

実はマイキーには日本語と英語2ヶ国語で話していましたが、
診断が出た時に「言語は英語ひとつにした方がいい」とアドバイスを受けたので
それ以降は英語のみで話すようにしたのもよかったのかもしれません。
やっぱりややこしかったのかな…(^◇^;)
でも日本語を諦めたのはかなり寂しかったですけどね。
(まぁそうは言っても私も日常でついつい日本語を話してますから
簡単な言葉はわかっているようでよかったです。
この時までずーっとしまじろうとかおかあさんといっしょとか見てたしね(笑))

そして言葉だけでなく
私が誘っても絶対に拒否の一点張りだった色塗りや積み木もするようになり
いろいろと出来ることが増えていきました。
おもちゃで正しく遊べるようになったのも嬉しかった!
それまでは並べるか破壊かの2択だったからねぇw

以前の私も素人なりにいろいろとやってたんですよ。
言葉が出ないからとたくさんたくさん話しかけたり(無視されたけど)、
不器用なのも心配だったから工作をやらせたり(拒否されたけど)、
運動神経も鈍いみたいだから毎日公園に連れてったり、と
自分なりに頑張ってはいたけれど
やっぱり餅は餅屋です。お任せして本当によかった!!

そして他人とのコミュニケーションが取れなかったマイキーも
少しずつ周りを意識するようになり、先生とは単語でお話しできるようになりました。
意思が通じるようになってからは癇癪も少し減ってきて
これが私には本当に嬉しかったものです。

この療育クラスではABA(応用行動分析学)セラピーをもとに指導してくれていましたが
ここで「叫んだらいう事を聞いてもらえない」という事を学べたのもよかったです。
ええ、それまでマイキーはヘビメタもびっくりの雄叫び野郎でしたからね。
だから私もマイキーの叫びがヒドくなる前にマイキーが望んでいることをパパッとやっちゃう癖がついていて、
マイキーの心が読める…!(°_°)くらいのレベルまで達してましたから(笑)
だってアパート住まいだったし通報されたくなかったし…

ただひとつ苦労したのはセラピーに使用される「強化子(ご褒美)」
ABAは正しい行動をとったらご褒美がもらえる、という方法で教育するんですが、
マイキーは喜ばせるのが難しい子供だったんですよ…(-_-;)
偏食大魔王だったのでクラスで大人気のクラッカーとかクッキーとかには動かされないし、
シャボン玉や風船といった子供が大好きアイテムも興味なし。
しいて言えばミニカーや電車などの乗り物系、あとは数字・文字系の玩具も好きだったけど、
これもまぁなくてもいいか、って感じの冷めた子でねぇ。
褒めても喜ばないしハグや高い高いとかの体に接触される系も嫌いだし、
まぁとにかくやる気を起こさせるのがとても大変な子でした。

先生といろいろ試した結果いちばん役に立ったのが柿の種で、
私は毎週クラスにせっせと柿の種を届けていたっけw
先生たちにも好評だったな。「ピリ辛で美味しい~♡」って(笑)

そんなこんなでゆっくりですが着実に成長していったマイキーは
療育クラスに入って9か月目の年度替わりに学校を変わることになりました。
ダーリンの仕事の関係で隣町に引っ越すことになり、
それに伴って学校区も変わるからまた初めから診断のし直し…
結果、新しい年度は小学校内にあるプリスクールに健常児と混じって通うことになりました。

このクラスは今まで通っていた少人数の特殊学級と違い人数も多くて20人くらいいました。
健常児の子が多くその中にちらほらスペシャルニードの子が混じっていると聞きましたが、
会話が成り立たないのはマイキーだけだったので心底心配でしたね。
でも通常級の先生と支援級の先生、さらにはアシスタントの先生が常に2人いたし、
もし無理そうならすぐに特殊学級に移動できるという話だったので受け入れました。
私的にもここでマイキーの社交性がもっと高まればいいなという期待もあったしね。

最初は癇癪を起して大変だったけど ここでもマイキーはよく頑張り、
2語文もでてきてお友達ともなんとなく会話っぽいものが出来るようになりました。
相変わらず柿の種しか食べませんでしたけどw、
それでも他の子達につられて色んな行動をするようになりました。

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4歳プリスクールで撮った写真。(使いまわしの画像でスイマセン (^^ゞ)
この頃からだんだんと表情も出てくるようになって嬉しかったなぁ!

健常児の子達と過ごすのももちろん色んな刺激があって、
遊んでる物なんかすぐに取られちゃうから駆け引きも学んだし、
みんなにつられて初めて他のスナックも食べれたし、
クラスにいるやんちゃボーイに憧れてすっごくいたずらっ子になったりもしたりして、
マイキーはこの1年間で大きく成長できました。
最初聞いたときは「こんなレベルの高そうなクラスで大丈夫かな?」と心配でしたが
思い切って通わせてみてよかったです。
子供の吸収力の凄さには改めて感動~!

健常児の子達もマイキーのことを
「変で面白い子」という位置づけで
いろいろとお世話してくれたりして有難かったです。
このクラスはまだ英語が苦手な外国から来た子なんかもいたので、
そんな子とマイキーが外国語vs宇宙語(マイキー)で話している所を見たこともあり
なんだかすごく嬉しかった思い出があります

そんな感じで順調に過ぎていった早期療育も2年で終了し、
ついに義務教育のキンダーが始まる時期になりました。

2年間の療育を頑張ったお陰で
3歳の時の診断ではIQが45程度だったマイキーも
キンダー前にはIQ70のボーダーラインもなんとか超えることができたし、
言葉も行動もコントロールできる程度にはなっていたので

キンダーは普通級へ通えることが決定しました!

あ、ちょうどこの決定が下された、ちょうどマイキーが5歳になった頃に
約1年間待ちだったチルドレンズホスピタルで
ちゃんとした神経科の先生からマイキーの「自閉症」の診断を貰ったんですが、
この先生も普通級に通うことを薦めてくれました。
もちろんスピーチセラピーは必要だし
アシスタントの先生も必須になりますが、
通常級の環境がマイキーにとって一番の選択だという事だったので
先生の言葉を信じました。


ところがどっこい。
この後キンダーの壁は厚かったことを思い知らされることになるのです…

○| ̄|_



まだまだ続きます。。。
ごめんなさいってば。






週末に家族みんなで映画を見に行きました

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Batman v Superman: Dawn of Justice

マーベルのスーパーヒーロー物やX-Menは大好きなんだけど
ジャスティスリーグの映画は見たことなかったし、
バットマンはなんか暗いイメージであんまり興味はなかったんですが (wごめん)

見終わった感想はアクション満載で面白かったし
ベンアフレックが思ったよりカッコよかったし(顎割れはやっぱり苦手だけどw)
とにかくワンダーウーマンがサイコーに素敵で彼女だけで元は取れたって感じでしたね(笑)

何でもスーパーマンの前の映画の続きらしいんですけど
見てなくても大丈夫でしたよ。
とにかくワンダーウーマンLoveになるのでスーパーマンとかどうでもいい感じw

そして週末ネタがもう一つ。
日本のお友達のNちゃんとSママから
可愛くて素敵なお誕生日プレゼントを頂きました〜

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可愛いチャイマットにチャイタオルに有難~いDr.シーラボのクリームや
美味しいそうなものがワンサカ入った夢のようなプレセントの山でした

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チャイも「私のマット~♡」って嬉しそうでしょ?あげないけどね~w

もうもう大感激でニヤニヤが止まらなかったよ!
NちゃんとSママ、本当にどうもありがとうございました!!!




さて今月は自閉症啓発月間ということで
自閉症のマイキーバージョンをお届けしております。

→ 第1話 「幼少時代1」
→ 第2話 「幼少時代2」
→ 第3話 「何かが違う?」
→ 第4話 「医師の見立て」

今回は第5話です。

「診断、そして始まり」


お医者さんにマイキーの耳が聞こえていないと言われても信じられず、
電話したスピーチセラピーから学校区で無料のサービスがあると聞き
何かが解るかも…!と願いつつ連絡を入れました。

ところが私の思い立ったその吉日は7月。
そうです。

学校は夏休み中でなかなか連絡が取れなかった…(ーー;)

それでも連絡したすぐ後に早期療育専門の心理カウンセラーさんが一度家に来てくださり
マイキーの様子を観察・確認しに来てくれました。
このカウンセラーさんがこれまた2mもある大男でさ、
マイキーだけじゃなく私までビビリバビリブーだったよねw 優しい方だったけど。


そして改めて学校区の専門チームと共に再訪してくれたのは10月になってからでした。
このチームにはスピーチセラピーやナースもいて色んな質問をされ、
マイキーのことも詳しく見てもらいました。

やっぱり言葉の発達の遅れがひどく、
当時3歳でしたが1歳児程度だと言われました…
さらにクレーン現象(人の腕を引っ張って伝える、自閉症児によく見られる行動)も指摘され、
遊び方の独創性も見受けられました。
それなのに数は1から10まで逆からだって数えることもできたし
アルファベットやカラーも完璧、っていう偏った部分もあったり。

その結果、マイキーには「発達遅延」があると言われました。
そしてはっきりと自閉症だとは言えませんが可能性はあります、とも。

マイキーが他の子と違うと気づいてからネットでいろいろと調べるたびにブチ当たる、
この「自閉症」という発達障害の名前。
もしかして、と覚悟はしていましたが、
こうやって改めて誰かに言われるのはやっぱりショックが大きかったです。
だってネットにはこう書いてあるんだもん。
「一生治りません」…

この後はしばらく涙が止まらなかったなぁ。
いつでもどこでもどんな時でもすぐに涙が出てきて困ったっけな。

そしてダーリン。
この日はダーリンにも仕事を休んで付き合ってもらい、
私と一緒に質問に答え、話を聞いてもらいました。
やっぱり私が話すよりも専門家から直接話を聞いた方が納得するもんね。
実はダーリン、私のマイキーに対する心配にも半信半疑だったんだけど、
この時にはっきりと言われたことで納得できたみたいだった。
そしてやっぱりしばらくの間、無口になってたっけな。


そしてその月のうちに早速マイキーの早期療育が始まりました。

平日のたった2時間半のクラスでしたが、
最初のうちはとても長く感じたものでした。
心配で心配で心臓が飛び出そうだったよ。
こんな小さなマイキーを預けるのが申し訳なくて可哀想で、
慣れるまで親も子も結構時間がかかりました。

初日のことは今でもよーく覚えています。
お迎えにいったら先生が笑顔で教えてくれました。

「マイキーは今日はずーっと泣いて過ごしたわ。
でもお友達が順番でマイキーを乗せたワゴンを引っ張って
学校中を散歩したのよ。」

なんだか切なくて申し訳なくていたたまれない気持ちと
でも何かが変っていくんじゃないかという小さな期待が織り交ざった
不思議な気持ちを感じながら、
マイキーの早期療育クラスは始まりました。
生徒が12人にベテラン先生が4人のこのクラスは
マイキーにとっても私たちにとっても大きな大きな一歩でした。


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生まれて初めての学校個人写真。3歳半ころかな。
泣いた跡が切ない。。。

最初は泣いて逃げて大変だったマイキーも
1週間した頃には環境の変化にも慣れて
クラスに参加できるようになりました。
やっぱりプロってスゴい。

こうして私達はやっとマイキーの状況を理解し受け入ることができ、
療育を始めることがでしました。
でもこれで終了、後はお任せ〜♡ という訳ではなく
やっと出発点に立てただけだったんだ、と気づかされます…



続きます、すいません(^◇^;)




今週はお友達とたくさん会えて楽しい週でした
昔オースティンに住んでいたお友達家族が旅行で1週間戻って来ていたので
ランチとディナーをご一緒させてもらったり、

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(変顔アプリで撮った写真w 右が私だけど男前でしょ?w)

昨日は地元のお友達たちとHakata Sushi ランチに行って
また喋り倒して来ました。

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キレイな美味しいお寿司と

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サービスで頂いたデザート♡ 
こういう心遣いって嬉しいよね!

Kさんとそのご家族のみなさん、
そしてMJさんとJさん、
楽しい時間をありがとうございました〜



我が子マイキーの生い立ち話の続きです。

→ 第1話 「幼少時代1」
→ 第2話 「幼少時代2」
→ 第3話 「何かが違う?」

今回は第4話

「医師の見立て 」


同年代のお友達と遊ぶ機会ができ
マイキーは他の子供達と何かが違うと気付いた私ですが、

それが何なのかハッキリとした答えも見つからず
更に自分でもその何かを認めたくなくて
モヤモヤしたままプレイグループと体操教室に通い続け、
毎回他の子達と一緒に遊ばないマイキーにも、
上手に遊ばせることが出来ない自分にもストレスを感じ始めました。

もちろんダーリンにも相談しましたが、
普段仕事で忙しい彼は私の不安はピンとこないみたいで
「個性だよ。集中力はスゴイし頭がよさそうで楽しみだよね~!」
と、根っからの楽天主義。
私もそっか、そうだよね。と信じてみたりしてね。

そう、この頃のマイキーには賢そうな面もたくさんあって、
数字やアルファベットが大好きで正しく順番に並べる事が出来たし、
気に入った事にハマる集中力はすごかった。
怖いもの知らずで家具に登ったり高いところからジャンプ出来たり
野生の猿みたいなところもあったわ。

でもやっぱり出来ない事の方が断然多く、
言葉は一文字(車は「く」、飛行機は「き」といった感じ)しか言えない、
オモチャは並べるか破壊、
名前を呼んでもシカト、叱るとギャン泣き、
外に出ると手を振りほどいて急に走り出す、
興味のあること以外は落ち着いて座ってられない(食事含む)、
気に入らないととにかくギャン泣き。
相変わらず寝ないから機嫌も悪い。

スーパーでは急に走り出してワインコーナーをなぎ倒したこともあったし、
買い物中にも急に暴れたりギャン泣きが始まって何も買わずに走って帰る事もしょっ中だった。
アパートの敷地内を散歩中に犬の世話で5秒目を背けるともういなくなるし、
ベランダに出ていた時に中から鍵をかけられ私がパニックで叫んでいても
本人はひとりで平気な顔してテレビつけて見てたりとかもしてたな。
行動が激しいからいつも青アザだらけで、体操に先生にそれとなく虐待を疑われたけど、
逆に私の方こそ寝てたら頭にダンベル落とされたりしたんだから。
私が攻撃されたのはこれ一回きりでもちろん他の子達には手を出した事は一度もありませんけどね。なんせ他人に興味が無かったから(T_T)



それでもマイキーはおかしくないと思い込もうとしていた私は
魔の2歳児ってこんなに手こずるものなのか…(ー ー;)
世の中のお母さん達ってホントすごいよ!

と、自分の躾けのダメダメさに頭を抱えていました。。。



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「安心してください。履いてませんけど見えてません(笑)」
裸ん坊で遊ぶのが好きな子でした。
見てくれは本当に天使ちゃんだった


そうこうしている時に、やっとマイキーの健康保険を手に入れたので
2歳11ヶ月の時に更なる予防接種を受けさせに家族揃ってお医者さんを訪れました。
私はマイキーの発達についてなにか言われるかも…と内心ドキドキしながら
お医者さんに言葉が出ない事を話しました。

診察で激しく泣き叫び、呼びかけにも全く反応しないマイキーを診たお医者さんは
さらっと言いました。

「この子は耳が聴こえてないですよ。」

。。。


(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

いやいやいやいや。それは無いな。
テレビで好きなキャラが出ると飛んで見に来るし
柿ピーの袋をカサカサさせるだけでも気付いて寄ってくるし。

でもそう言ってもお医者さんは
「言葉も出てないし何を言っても反応しないでしょ?
これは耳が聴こえてないに決まってる!」
の一点張りでさ…。
まぁ電気消した暗い部屋で隠れて大きな音を出しても
微動だにしないマイキーのシカト力もすごいんですけどねw

それでも一応言葉が出ないのでと頼み込んで
スピーチセラピーの情報を教えてもらいましたが
マイキーの聴覚検査の予約を入れさせられました。
(後日検査したらマイキーの聴覚はもちろん正常でした)

今思うととんでもないヤブ医者だったな(♯`∧´)

でも行ってよかったんです。
なぜならここから私達の大きな一歩が始まったから。

まず、やっぱりマイキーの言葉が出ないのが不安だった私は
意気込んでスピーチセラピーに電話したんですが
なんと予約が取れるのは早くて3か月後と言われました。

そこでマイキーの状況を必死に伝え
お願いだからもうちょっと早めてほしいとへんな英語で懇願したら
私の焦り具合が伝わったんでしょう、

「では学校区に連絡したほうがいいですよ(´∀`)」

といろいろ教えてくれました。
この時初めて学校区には言葉の遅い子達に無料でスピーチセラピーが受けられるという
夢のようなお話を聞き、私はワクワクしました。

「これでマイキーはお喋りできるようになるんだ!
そうしたらきっと意思疎通も出来るようになっておかしな行動も無くなって
他の子達に追いつく事が出来る!!」

ダーリンにもそのことを話したら
「Qがいいと思うなら聞いてみたらいいよ」と言ってくれたので、
また英語での電話にテンパりながらも
学区の早期教育プログラムに申し込むことにしました。

この時点でマイキーはもう3歳。
ここから私達の人生が大きく変わっていったのです。


続きます。。。